現代アートと、それ以前のアートの違いについて教えてください。また、その境目で何が起きたのですか?
というのが、元の本文です。

現代アートには、コンテンポラリー・アートという言い方もあります。今現在、作られているアートという意味です。また、モダニズムを近代アートとし、近代アートと現代アートを区別することもありますし、それらを近現代アートとひっくるめて表現することもあります。

文意を組んで、個を主体としたアート=現代アートという解釈でお答えしたいと思います。自らが主体になって、自由に、自分の意図を込めた作品を作る、というものが、現代アートであるという定義です。

そのようなことを、初めに行った作家として、マネ、クールベが上がることが多いようです。(少し遡って、マネ、クールベに影響を与えた作家まで含めることもあり、解釈は少し幅があるようです。)

それまで、パトロンに依頼され作られた画がほとんどだったことに対し、自分が作りたいものを作品化し、人に見せました。そこでの社会状況は、科学の発展と共に、農業や工業の生産効率が上がり、産業として発展することにより、支配層だけではなく、平民と言われる層に富を蓄える人が生まれ、市民社会というものが生まれ始めたというものでした。

受講者の方のコメントに、「昔はパトロンに依頼されたものしかなかったというのが意外でした。」とありましたが、それまでの作家が、依頼されたものだけしか描かなかったわけではありません。プライベートと言っていいのでしょうか?そこで描かれた「本音」のアート、ゴヤの黒い絵など、強烈なものもあります。作家個人に注目すると、作家が主体で描いた絵はあまた存在しますので、個人である作家に限定して、歴史を定義するのは難しいことかも知れません。この場合、社会現象を先に考えていくことにより、答えが明快になると思います。

民主主義の発展と、現代アートの発展は、関連があったと考えて間違いなさそうです。作家が自由を得て、個が主体になって、表現活動を行うことが出来るようになった、これは社会が、個人に自由を保障することが出来るようになった(なっていった)ということです。

表現の自由という重要な問題について、詳しくは別項に譲ります。少しだけ触れますが、自由というと「何でもあり」ではありません。これ以降の美術史は、作家は自由を得ると共に、ルールと責任を引き受けていくものになります。